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仙台地方裁判所 昭和54年(ワ)367号 判決 1982年10月18日

原告 株式会社孔文社

被告 株式会社東北孔文社

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は「株式会社東北孔文社」の名称を使用してはならない。

2  被告はその登記した「株式会社東北孔文社」の商号を他の商号に変更登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和四二年六月八日、商号を「株式会社孔文社」とし本店所在地を東京都新宿区西新宿三丁目四番五号、営業目的(一)写真帳の製造及び販売、(二)印刷製本、(三)教育用資器材の製造及び販売、(四)上記に付帯する一切の業務として設立、登記された者である。

被告は、昭和四六年五月二五日、商号を「株式会社東北孔文社」とし、本店所在地を宮城県仙台市南光台二丁目一七番五号、営業目的(一)じか書文集、(二)アルバム文集の委託販売、教育用資器材の製造及び販売、(三)印刷及び製本業、(四)前各号に付帯関連する一切の業として設立、登記された者である。

2  原、被告の商号の類似性

原告の商号と被告の商号とは、「孔文社」、「株式会社」という文字が全く同一で、わずかに被告の商号には「東北」という文字が加えられている点が相違するわけであつて、一般人をして営業の混同誤認に導くおそれがあり、現に顧客が被告を原告と誤つて注文を発するなど混同誤認されている状況にある。伴つて、原告の商号と被告の商号とは、不正競争法理上類似するものというべきである。

3  原告の請求の根拠

(一) 商法二〇条

原告が商号の登記をした者であることは、前記1のとおりである。しかして、既存の登記と同一または類似の商号を使用し、同種の営業をする場合には、不正競争の目的があると認められるべきであるところ、原、被告の商号が類似していることは前記2のとおりであり、両者の営業が同種であることも1で述べた原、被告の各営業目的を対比すれば明らかである。従つて、原告は、商法二〇条一項に基づき、被告に対しその商号の使用の差止めを求める権利がある。

(二) 商法二一条

被告の商号中には「孔文社」なる文字が使用してあり、あたかも原告が営業の主体であるかのような印象を世人に与えているところ、被告は、右効果を意図してその商号を使用するものであるから、不正の目的があるものというべく、原告は、被告に対し商法二一条に基づき、その商号の使用の差止を求める権利がある。

(三) 不正競争防止法一条一項一号又は二号

原告は、前記本店のほか、神奈川県足柄市にあしがら工場、京都市下京区に関西支社、仙台市八幡町に仙台支社、福岡市西区に九州支社を置き、郡山市、盛岡市、札幌市、熊本市、千葉市、浦和市及び金沢市に営業所を置き、更に東京都新宿区の中央孔文社、神奈川県横浜市の神奈川孔文社、静岡県三島市の静岡孔文社、名古屋市の名古屋孔文社及び大阪市のタイムスと代理店契約を締結してその営業を行つているから、原告の「孔文社」なる名称は、東北地方も含めて全国的に広く認識せられる商号というべきところ、被告の商号が原告の商号と類似していることは、前記2のとおりであり、原、被告は、同じ東北地方において、同種の営業活動をしているため、絶えず顧客が誤つて注文を発している状況にあつて、原告は営業上の利益を害されている。従つて、被告の「孔文社」なる名称を用いた商号使用は、不正競争防止法一条一項一号又は二号に該当し、原告は、同条項に基づき、被告に対し、その商号の使用の差止を求める権利がある。

(四) 代理店契約の終了

(1) 代理店契約の締結

被告は、会社設立の際の昭和四六年五月ころ、原告との間で次のような代理店契約(以下「本件代理店契約」という。)を締結した。

(イ) 被告がその販売活動により受注した仕事のうち、印刷関係の仕事はすべて原告に発注する。

(ロ) (イ)の代償として、原告は、被告がその商号中に「孔文社」なる名称を使用して、孔文社グループとして営業活動をすることを許諾する。

(2) 代理店契約の解除

被告は、昭和五二年五月に至る数年前から、自己の受注した仕事のうち印刷業務について、原告以外の第三者に発注するようになつたため、原告は、昭和五二年五月一二日、被告に対し、右代理店契約を解除する旨の意思表示をした。

(3) (1)(ロ)の約定の趣旨は、被告が代理店契約を解除されて孔文社グループを離れ、原告と競業関係に立つて営業をする場合には、被告は、「孔文社」の文字を含まない商号に変更することを内容とするものであるから、(2)のとおり本件代理店契約が解除され、原、被告が競業関係に立つに至つた以上、原告は、被告に対し、右代理店契約終了に基づき、その商号の使用の差止を求める権利がある。

4  よつて、原告は、被告に対し、その商号の使用の差止及び他の商号に変更登記の手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は否認する。被告の営業範囲は東北地方に限定されたものであるところ、原告の東北全体における占有率はせいぜい一〇パーセント前後に過ぎず、被告としてはむしろ他社との競合関係のほうが強い。また、宮城県内においても原告の支社と被告とは営業範囲が異なつており、最近ではほとんど第三者に間違われることもなく、営業の混同の事実はない。

3  請求原因3(一)及び(二)の事実は、否認する。

同3(三)の事実中、原告がその主張のような支社、営業所、代理店を有することは、知らない。その余は、否認する。現在、「孔文社」なる名称が全国的にはもとより東北地方に限つてみても周知性があるとは考えられない。

同3(四)(1)の事実中、(ロ)の約定があつたことは、否認し、その余は認める。同3(四)(2)の事実中、原告がその主張のとおり解除の意思表示をしたことは、認めるが、その余の事実及び同3(四)(3)の事実は、否認する。被告が印刷業務の一部を第三者に外注したのは、他社との競争関係から印刷の質をレヴエルアツプするために採つたやむを得ない措置であり、これは原告が承知していたことである。また、本件代理店契約には、将来契約が解消された場合を予想した商号使用に関する取り決めはなかつた。

三  抗弁

被告が設立された昭和四六年当時、「孔文社」と名の付く会社は、原告の本社工場、名古屋孔文社だけであつて、全国的な周知性といつたものはそもそも考えられなかつたし、東北地方におけるその知名度はほとんどゼロに等しかつたのであるから、被告が「孔文社」なる名称をその商号中に使用することによつて「孔文社」なる名称の持つ営業面のプラスを利用したことはない。従つて、被告には、不正競争防止法二条一項四号に定める事由がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は、否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  原、被告の商号の類似性等

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そこで原、被告の商号の類似性について判断するに、原告の商号「株式会社孔文社」と被告の商号「株式会社東北孔文社」とに共通する文字のうち、「株式会社」の文字は単に会社の種類を表示するものにすぎないから、識別の基準とはならず、従つて、被告の商号と対比すべき原告の商号の要部は「孔文社」であるというべきところ、被告の商号中「孔文社」の前にある「東北」の文字は、地方名を表示する固有名詞として広く日常的に用いられるものであるから、ことに東北地方においては「孔文社」の文字に比して一般の注意を引くことが少なく、それゆえ日常の会話や取引等においては地方名である「東北」の文字を省略して呼称されることが多いと考えるのが経験則上相当であり、従つて、被告の商号の要部もまた「孔文社」であるというべきである。そして、成立に争いのない甲第七号証ないし第一三号証、証人百引正治、同古沢三喜男の各証言及び原、被告各代表者尋問の結果を総合すれば、原、被告は、共に学校の卒業記念の文集、アルバム、写真帳などの企画、製造、販売を主たる業務としていること、(従つて、原、被告の営業上の顧客は、ほぼ学校関係に限られること)少なくとも昭和五二年五月ころからしばらくの間、原告がそのころ仙台市に設置した「株式会社孔文社東北支社」と被告とを両者の取引先がしばしば混同していたこと及び被告は、顧客に対するパンフレツト類の中で殊更原告東北支社が被告と何の関わりもない旨記して両者を混同しないよう注意を喚起していることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上によれば、原、被告両者の商号は、同一とはいえないが主要部分においては同一で、一般取引市場における一般人の判断を基準として営業の混同誤認を生じる虞のあるものであるから、類似の商号であるというべきである。

二  商法二〇条に基づく請求について

原告が商号の登記をした者であることは、前記確定したとおりであり、被告の商号が原告の商号に類似することは、前記判示のとおりである。

そこで、被告に不正競争の目的があるかどうかにつき、以下判断することとする。

商法二〇条一項の不正競争の目的とは、一般人をして自己の営業を既登記商号の使用者の営業と混同誤認させ、他人の商号ないし営業が有する信用ないし経済的価値を自己の営業に利用する意図であると解される。これを本件についてみるに、上叙確定した事実に前掲甲第九号証、第一二号証及び成立に争いのない甲第一号証の一、第二号証、第四号証の一、第五、第六号証、第一四号証並びに証人百引正治、同古沢三喜男の各証言及び原、被告各代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、(一)被告は、昭和四三年六月頃原告に入社した被告代表者が、当時未開拓だつた東北地方への営業範囲の拡大を企図する原告の勧めを受けて、約二年間原告東北支社として営業活動を経験したうえで、昭和四六年五月二五日、設立した会社であること、(二)その頃原、被告間では、被告は、その営業活動により顧客から受注した仕事は、原稿作成までの段階の作業を被告において行うほかは、製品の生産をすべて原告に委託することとし、原告は、自己の工場において製版、印刷、製本を行い、完成した製品を直接又は被告を介して顧客のもとに納入する一方、原告は、被告に対し、東北地方における営業を独占的に委ね、かつ営業人員を派遣し、原稿用紙等の資材、パンフレツト等を支給して被告の営業の便宜を図ることを内容とする代理店契約(本件代理店契約)を締結したこと、(三)被告は、当初は、右契約に従い、受注した製品の生産をすべて原告に委託していたが、原告の印刷方式であるオフセツト印刷は、安価ではあるものの写真の仕上りが従来のコロタイプ印刷に比して不鮮明であつたため、営業活動により顧客を開拓、受注に至つても、注文が継続せず、営業が不安定な状態にあつたこと、(四)そこで、被告は、原告に対し、再三にわたつて写真印刷の仕上りの改善を要望したが、満足できる結果が得られなかつたため、営業を始めて二、三年後から、顧客の要求水準に応じて、集合写真を中心とする写真印刷の部分については、原告以外の印刷業者にコロタイプ印刷を委託することも行うようになつたこと、(五)このようにして、顧客の要求水準に応じた製品を納入するようになつてから顧客が定着し、継続的な注文が得られるようになり、仙台市を中心に東北地方一帯において安定した営業を行うことができるようになつたこと、(六)しかるに、昭和五二年五月一二日、原告は、被告に対し、本件代理店契約違反を理由にこれを解除する旨の意思表示をし、結局被告も同契約終了を受諾して、原告と被告との取引関係は消滅したものであるが、右解除の意思表示をする際、原告代表者は、被告代表者に対し、「今後はフエアプレーの精神でやろう。」と話したものの、被告の商号については何ら言及しなかつたこと、(七)その後、被告は、社名の字体を原告の代理店当時使用していた原告の商標類似のものから全く別個の字体に変更したうえ、印刷機械を購入して社内印刷体制を整えて、学校関係のアルバム、文集の委託販売を中心とする営業を続け、一方、原告は、被告に本件代理店契約解除の意思表示をする直前の昭和五二年四月一五日に仙台市東八番町に設置、登記した仙台支店等を通じて東北地方におけるその営業を遂行しており、原告と被告は、同地方において競業関係に立つていること(以上の事実中、被告が、昭和四六年五月頃、原告との間で、被告がその販売活動により受注した仕事のうち、印刷関係の仕事はすべて原告に発注することを内容とする本件代理店契約を締結したこと及び原告が、昭和五二年五月一二日、被告に対し、本件代理店契約違反を理由にこれを解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。)以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

上叙認定に係る被告の設立の経緯及びその頃の原告と被告の代理店契約関係に徴すれば、被告が設立に際し「株式会社東北孔文社」の商号を使用するにつき不正競争の目的を有していたものとは認められないことは言うまでもない。すすんで、本件代理店契約が終了した後、被告が右商号の使用を継続していることにつき、不正競争の目的があるかどうかを判断するに、右契約終了後、原告と被告が東北地方において競業関係に立つに至つたことは、右に認定したとおりであるけれども、前叙認定した事実関係に徴すれば、被告は、設立後本件代理店契約終了に至るまで、一応原告の代理店としてとはいえ、原告以外の業者の印刷をも組み合わせるなど自己の創意と営業努力により顧客の開拓とその定着化を図つてきたものであり、右契約終了時における被告の顧客は、そのほとんどが被告自らの信用に基づき確保したものと認めることができるから、被告は、右契約終了後もその商号の使用継続につき固有の利益を有するものというべく、その後、被告は、社名の字体を変え、また被告と原告東北支社が無関係であることの注意を喚起するなどして、原告の営業との誤認混同を避ける努力をしていることをも考え合わせれば、被告には、その商号の使用継続につき不正競争の目的があるものとは到底認めることができない。

従つて、その余の点について判断するまでもなく、商法二〇条一項に基づく請求は理由がない。

三  商法二一条に基づく請求について

被告は、その商号の使用につき固有の利益を有すること、被告は、原告の営業との誤認混同を避ける努力をしていることなど前項で判示した事実関係によれば、被告が、その商号の使用につき自己の営業を原告の営業であるかのように誤認させようとする意図を有するものとは到底認め難い。

従つて、被告の商号使用は、不正の目的を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなく、商法二一条に基づく請求は理由がない。

四  不正競争防止法一条一項一号又は二号に基づく請求について

前掲甲第一〇号証、第一一号証、証人古沢三喜男の証言及び原告代表者尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、現在、原告は資本金一四〇〇万円、請求原因3(三)記載の支社、営業所、代理店など全国に合計二五の営業拠点を置き、各種の機械設備と平常時で約一五〇名の従業員を有し、地域的には広範囲に渡つて前記営業活動を行つていること及び原告は、毎年自社の営業を紹介するパンフレツトを作成して、各支社、営業所、代理店を通じてこれをそれぞれの営業範囲内の学校に配布していることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の事実に前記認定したとおり原告の営業上の顧客がほぼ学校関係に限られることを勘案すれば、原告の商号は、一応相当範囲の取引者又は需要者間に広く認識されているものと推認することができる。しかしながら、前掲甲第一二号証に被告代表者尋問の結果を総合すれば、被告の設立当時、原告は本店、工場のほかには、顧客の開拓等積極的に原告の営業を行う代理店としては、営業を開拓して間もない名古屋支社と近畿総代理店株式会社タイムスを有していただけであり(なお、これ以外に十数店の地方写真館を特約代理店としていたが、これらの店は、取次的な営業を行つていたにすぎない。)、その商号の周知性は、全国的には考えられず、東北地方においては皆無に等しい状況にあつたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。してみれば、被告には、不正競争防止法二条一項四号に定める事由があるものというべきである。

従つて、その余の点について判断するまでもなく、不正競争防止法に基づく請求は理由がない。

五  代理店契約の終了に基づく請求について

原告と被告が、昭和四六年五月頃、被告は、顧客から受注した仕事はすべてその生産を原告に委託すること、これに対し、原告は、被告に東北地方における営業を独占的に委ね、かつ被告の営業の便宜を図ることを内容とする本件代理店契約を締結したことは、前記確定したとおりであるが、右契約において、被告の商号使用につき何らかの約定がなされたことを認めるに足る証拠はない(証人古沢三喜男の証言中、原、被告間には、本件代理店契約が解約されたときは、被告は「株式会社東北孔文社」の商号の使用をやめるとの約定があつた旨の部分は、前掲甲第五号証及び被告代表者尋問の結果に照らしたやすく措信できない。のみならず、原告代表者が被告代表者に本件代理店契約解除の意思表示をした際、被告の商号に何ら言及しなかつたという前記認定の事実は、原、被告間に右のような約定がなかつたことを窺わせる。)。してみれば、代理店契約の終了に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかはない。

六  よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫻井敏雄 信濃孝一 佐藤道明)

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